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行政書士の仕事・行政書士試験・勉強法等の行政書士開業情報を「行政書士で年収1000万円稼ぐ法」の著者丸山学が情報発信しています。

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【書籍】10年間稼ぎ続ける行政書士の「新」成功ルール

行政書士開業

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「行政書士は本当に食べていけるのか?」
        その答えがここにある!


集客・営業から事務所経営、危機管理まで年商3000万円を稼ぐ著者が公開する「錆びない」ノウハウ

  著者 丸山学 
  出版社 同文舘出版


<目次>
1章
10年間お客様が並び続けてくれた理由
リピート業務がなくても売上は十分に上がる
人脈に頼らなくても依頼は途切れることはない
これからは「行政書士は業務範囲がとりとめない」ことこそが有利に働く
新人でもNo.1になれる場所を創り出す!
人脈は「情報」を得るためにこそ必要なもの
士業も横並びの時代は終わり!世の中に新しい価値を提供しよう
値切りには応じない!同業者の3倍の報酬額でも依頼はくる
行政書士も自分ブランドを上げていこう
書類に価値はない!どの業務も「コンサルティング力」が命
行政書士業務の枠からおおいにハミ出そう!
2章
10年間成功し続けた営業・集客術のすべてを公開!
「根性営業」から「インターネット集客術」まで10年間の全軌跡
[第1段階]根性営業で業務獲得
[第2段階]インターネットで情報発信して一本釣り
[第3段階]アライアンスで顧客獲得を増やす
[第4段階]データベースを増やしていくという発想
[第5段階]ブランディングによる競争力強化
[第6段階]業務による圧倒的な差別化
3章
10年間錆びないマーケティング術
イヤでも目立つ!ネーミング術
新法施行・法律改正は「売り」をいち早く見つけよう
「差別化×マーケティング=利益」の公式を頭に叩き込め!
「個人の資質」「接客方法」……なんでも差別化になる!
明日からセミナー講師になる!お客様のほうからお願いする仕組み作り
出版もメディア露出も実現できる「逆算」法
依頼人と同化してしまおう!
4章
新人でも、初めての業務でも、依頼人に尊敬されてしまう実務習得術
初めて行なう業務でもベテランのような安心感を依頼人に与える技術
書類の書き方は後回し!「要件」と「裏技1個」で顧客対応は万全
自分に合わない業務は、すっぱり撤退する勇気を!
正解のない業務を行なう面白さもある
有料相談でも依頼人を十分満足させる対応術
実務でミスをしたときの謝罪術
5章
10年後も依頼され続けるための事務所運営術と危機管理
補助者を持って成功しよう!
複数人事務所も一人事務所もモチベーション維持が成功の決め手
補助者のヤル気を120%引き出す!事務所を劇場化する方法
一人事務所から複数人事務所まで、行政書士事務所の経費考
行政書士事務所を法人化するメリットとは?
給料制?それとも独立採算制?
10年、20年、30年……いや、自分が死んでも永続する事務所を作ろう
ヤバい依頼人にどうお引き取り願うか?
厳しい依頼人は歓迎する
個人情報管理を徹底する
実録!行政書士会から綱紀委員会にかけられた……
6章
これからの行政書士成功のルール
行政書士は本当に食べていけるのか?
法律的に適正な話ばかりしていると依頼人は怒る!?
なぜ、違法なことをして捕まってしまう行政書士が出てしまうのか?
行政書士の未来は明るいか?
これからの有望業務にはどんな分野があるのか?
行政書士業務から離れた視点で発想してみる
行政書士法人あすなろ100年プラン
自分の旗を立てよう!

<内容紹介>
■はじめに

2001年8月1日、晴れて行政書士として正式登録を受けた私でしたが、その時点での私といえば、33歳で妻と生まれたばかりの子供はありながら、「資金なし」「実務経験なし」「営業経験なし」という、なんとも心もとない状況でした。

行政書士としてこれからバリバリ頑張るぞという意気込みはあるものの、心の奥底では、1件の仕事をどう受注すればいいのかもまったく見当つきませんし、自分にお金を出して仕事を頼んでくれる人がこの世の中に存在するということがどうしてもイメージできませんでした。

しかし、家にお金を入れなければ乳のみ児のオムツ代もミルク代も賄えません。埼玉県行政書士会で登録式を済ませた翌日から、とにかく考えつくことをやってみる以外には方法がなかったのです。

ところが、事務所近辺の建設業・不動産業者に飛び込みをして名刺を渡しながらも、何か聞かれると困ってその場を逃げ出ていました。
あるいは、まったく反応のないチラシを自転車でひたすら配り続けましたが、炎天下に坂道を上っている最中に貧血を起こし意識を失いかけて転倒したこともありました。

そんなことを繰り返すうちに、知人から1件の仕事をいただきました。
依頼人が受けた不法行為について相手方と示談をしたいので、その示談書を作成してほしいというものでした。
弁護士ではありませんので、相手方との交渉は出来ません。その場で決まったことを示談書としてまとめるため、あらかじめいくつかの示談書の書式を作成し、その場で決まった額を入れられるように損害賠償の金額欄だけ空欄にして、示談交渉の場に持参しました。

「私は弁護士ではありませんので、交渉はいたしません。みなさんで話し合った結果を書面にまとめます」などと言って示談交渉はスタートしました。しかし、私がいくら弁護士ではないと言っても「この場合、この金額は妥当なのか?」「この問題が起きた責任はそちらにもあるのでは?」と、当事者たちからは容赦なく私に質問が飛んできます。

相手方の親ごさんも同席していますから、簡単には話はまとまりません。親が不法行為を働いた息子の頭をゲンコツで殴り、私はそれを止めつつ、あらかじめ調べておいた判例などを思い出しながら「○○年○月▲▲裁判所の判例によればこの場合は……」と、矢継ぎ早の質問に何とか答えていきました。

とても初仕事を行なう行政書士の姿ではありませんでしたが、最後はみなさんに納得していただき、示談の条件も細かい部分まで決めることができました。私も含め全員がヒートアップしていましたので、一段落したときには、みんながハアハアと息をしているような状態です。

示談の条件のひとつに、私の示談書作成の報酬は加害者側が負担するという条項を設けてありましたので、私はその場で「それでは、私の報酬4万円をお支払ください。そうしないと示談がまとまりません」と請求しました。
加害者とその家族は慌てて財布やら箪笥やらから1万円札を取り出し、それでも足りなくてポケットの中に入っていた千円札までかき集めて、私の前のテーブルに投げるようにして置いていきました。しわくちゃのお金が私の前に乱雑に積み上げられていく様子は今でも鮮明に印象に残っています。私はその、しわくちゃのお札を伸ばしながら金額を数え、領収書を書きました。

その帰り道、私は初報酬の4万円を入れた封筒を手にもちながら「なんか、行政書士って大変な仕事だなあ……」と、初仕事が終わった喜びなど微塵も感じられないまま、深いため息をついていました。

しかし、そんな感傷にひたる間もなく、翌日からまた依頼をいただくための営業活動を続けました。
IT音痴でありながら、見よう見まねでホームページを開設しました。
当時、流行り始めていたメールマガジンも発行してみました。
セミナー講師の仕事を得るべく行動しました。
本書でお伝えするような営業活動を、これでもかというくらい、いろいろ試していきました。初仕事から3年余りの間は、時間も忘れるほどひたすらに「マーケティング」「営業」の日々でした。

やがて、いつの間にか仕事は順調にくるようになり、仕事が途切れないどころか手に余る状態が続くようになりました。
「すみません、今、手いっぱいですので、少しだけ着手を待っていただけませんか?」
よほど緊急の案件でない限り、そういうセリフを言うのが常態となっていきました。
だんだん、自分の事務所に「行列」ができていると感じるようになりました。
もちろん、飲食店のように実際にお客さんが列をなして並ぶわけではありませんが、いくら仕事をこなしても、それ以上のペースで依頼が日々やってきました。自分の前に順番待ちの列ができているとしか表現しようがない感覚です。

それでも、もともとは1件の依頼を取るのに苦労した身です。よほどのことがない限り依頼を断るようなことはせず、なんとか仕事を回していきました。

しかし、2005年2月、ついにその限界を超える日がやってきました。
新規の依頼にとても手が回らなくなり、開業以来初めて「依頼をお断りする」という選択をしたのです。

この当時、主力業務は「会社設立」でした。
1件の報酬は13万円(コースによっては8万円)。登記の部分は司法書士の先生にお願いして、自事務所の手取り報酬が13万円でした。その会社設立の依頼が、この2005年2月は月半ばにして既に20件を超えていたのです。
登記の部分は司法書士の先生が行ないますが、それでも類似商号調査、定款認証、経済産業局への確認申請(当時は確認会社でこの作業があった)などの作業がありましたから、補助者3名で、会社設立依頼が半月で20件というのは、丁寧に仕事をする限界を超えていました。

苦渋の決断でしたが、それ以上無理に依頼を受ければ、スタッフの仕事の質やモチベーションも落ちかねません。結果的に依頼人に不利益を与えかねません。
実際には会社設立以外にも、それに付随する許認可業務やら融資申請のサポート業務などもありましたので、とうに限界は超えていたと思います。

ホームページには「仕事の質も保つために、しばらくの間、業務の受注を停止させていただきます」という文字を断腸の思いで表示させることになりました。

必死に示談書作成の初仕事を獲得してから3年余り、無我夢中で行なってきたマーケティング手法がここでピークを迎えていたのでしょう。
その後は補助者の成長や業務の効率化を進めたために、少数精鋭で仕事の質を保ちながらも、依頼は断らずに運営を続けられるようになりました。
相変わらず「行列」はできていながらも、「ちょっとだけお待ちくださいね」などと言いながらなんとか回していったのです。

ところが、2009年の夏、再びどうにもさばききれない状態を迎えました。
このときは「家系図作成」業務でした。
これは3章で詳述しますが、家系図作成業務は非常に特色のある業務で、多くの方からご依頼が集中しました。そのとき私は一人でこの業務の実務に当たっていましたので、1ヶ月にこの仕事を処理できるのはせいぜい2件程度でした(他の仕事もありますので)。

ところが、この家系図作成業務が2009年の夏には「予約」が50件を超えてしまったのです(家系図業務もいくつかのコースがありますが、このときに予約待ちになっていたのは35万円あるいは100万円という高額なコースでした)。
ホームページ上には「現在、3年待ちとなります」と表示することになりました。
その後、家系図業務におけるスタッフの育成に取り組み、どうにかこの3年待ちという異常な事態を回避していくことはできました。

このように、扱う主力業務は時代によって変化していきましたが、開業10年目を迎えた今、「実務経験なし」「資金なし」「営業不得意」で始まった私の事務所によく行列ができ続けてくれたものだと感謝とともに深い感慨にも包まれています。

本書では、これから行政書士開業を考える方、そして、開業したものの迷いがあるという方の何らかの参考になればという想いで、この10年間のノウハウの蓄積を余すところなく書いていこうと思います。
もちろん、本来であれば競合となる方々にノウハウや手の内を明かしている場合ではないのですが、2011年8月で開業満10年となりますので、私も次のステージへと踏み出す必要があります。これまでのノウハウが次世代の方の参考になるのであれば、それは開示しておくべきと考えます。読者の方々が私の経験からうまく自分流にアレンジし、さらなる成功の土台にしていただければ幸いです。

また、マーケティング・営業面だけではなく、今までメルマガやブログに一度も書かなかった、行政書士会から綱紀委員会にかけられた話も初めてここに披露するつもりでいます。
行政書士事務所を存続させるためには売上を上げるだけでは不十分で、さまざまなリスクと向き合いき、きちんとヘッジしなければなりません。ですので、本書には「表」の話だけでなく舞台裏の話も積極的に書いていきたいと思います。

また、これから先、私がどのような業務に取り組んでいく予定なのか、その具体的な計画も明らかにしていきます。
さあ、それではここからが本番です。
行政書士としての10年間の経験の「表」と「裏」、そして、これからの時代の新たな「成功ルール」を詳しく聞いてみたいという方は、ぜひ本文を読み進めてみてください。
                     行政書士  丸山学

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